知元自と版築
城下町松本で築130年の古いお寺の耐震改修工事が進んでいる。
まず床を剥ぐと柱や床束を支える沢山の大きな礎石が整然と並んでいた。

その一つ、須弥壇脇の床下に据えられていた礎石に文字が彫ってある。それを住職が見つけて拓本を取ったところ『 知元自・宝永5年』と記されていた。調べると、それはお寺を造る時の、それも曹洞宗の開祖、道元禅師の言葉で、基礎工事で礎石を据える際にお寺の安泰を願う漢語ではないかという説もあるようだ(根拠資料や詳細の内容については現在調査中)。300年以上昔である。

今回の基礎工事では先ずは礎石を残し、その周りを掘って鋤き土し、そこにコンクリートと鉄筋で補強工事(寝巻き)をしてから全面ベタ基礎とする計画である。
長い間に建物が傾いたり傷んだりしているのは覚悟していたが、この建物は事前の調査で殆ど不動沈下やヨロビが見られず不思議に思っていた。
翻って松本はかつて沼地で地盤の悪く建物を建てるには適さない土地なのだが、約400年前松本城という平城を建てたが、それから100年、今から300年前に松本藩の菩提寺としてここにお寺を建てた。基礎には軟弱地盤を補うために丁寧に『版築』という地盤改良がされていたことも今回判かった。明治時代の廃仏毀釈や火事で創建当時の建物は残っていないが、約130年前、お寺が再建された際、以前の礎石がしっかり据えられていた為、そのままで再利用したのではと思われた。
現に江戸時代の古図も住職が保管してあって伽藍配置と間取りが礎石の位置がほぼ一致した。
大変な仕事であり、しっかりと後世に受け継ぐがなくてはと・・・。
それにしても質も規模もこの国の文化的価値の凄さを今更ながら実感している。
川上
