民家のよもやま話 あこがれと誇り
家を造る・買うとは一生の一大事である。
とにかく覚悟がいる・莫大なお金がかかる・人手も手間もかかる・気力もいる・・。
昔は一代では出来ず、何代もかけて材を揃え、造って長く使う事が当たり前であった。まさか一代で手に入れる時代が来るとは想像できなかっただろう。
だから自分の家を造るということはまさに『憧れ』であった。
額に汗して働き、神様・ご先祖・ご近所さん・子孫にも覚悟と感謝を伝えて大切に守り使ってきたものだ。神前での地鎮祭・上棟式・家移りの儀式にしても、孫末代まで健やかであってほしいという祈りの時であった。

その上で『誇り』が芽生えてきたのだろう。
やっと造った家は末長く使い続けられると信じ、まさか空き家になるとか、壊すなどとは考えも及ばなかったはずだ。
昨今は一代で2軒も建てられたり、一代で壊す事が当たり前になっていて、メーカーも盛んに建替えを宣伝する。
お金を回して新しくすることが良いことで豊かになった証明のように・・。
とんでもないことである。
終戦直後のものが不足した時代は安直な家造りも止むをえなかったが、豊かになった現在こそいい家を造ることは願ってもないチャンスであり、未来への希望であり、それこそが時代を貫く『新しい民家の創造』であろう。
とは言え社会構造の激変から来る人口減少の歪みに対処できないでいる現実がある。今こそいい家とは何か?。
戦後80年を超えて本来の家造りとは?を、今の今真剣に考えてたいものだ。
モノを大切にするということも含め『憧れ』と『誇り』は時代が代わろうと普遍の価値であると思う。

川上
