かわかみ建築設計室

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民家のよもやま話 民家の時代背景

いわゆる古民家は戦前までの武家住宅と農家と町家のことをさすが、意外な事にそれらが盛んに造られるようになったのは明治の始めから第二次世界大戦までの僅か約80年間だけで、第二次世界大戦後は殆どできなくなった。今残っているのはその殆どが築160年から80年のものだけである。長期優良住宅と言ってもいいだろう。

江戸時代まで遡ると所謂民家というレベルのものは武家住宅と庄屋や本陣という特権階級だけが造ることができたが、庶民にはそれが許されず、寝ぐらにちかい小屋のようなものがほとんどであった。

それもそのはず江戸時代以前は大工や左官などの職人衆は社寺仏閣や僅かな民家を造るだけで技はあっても仕事の場が限られていた。またそんな民家でさえ質素で木材も檜材は使えなかった。職人衆も貧乏なのに『宵越しの金は持たない』という粋な気質のその日暮らしであった。

江戸時代の武家住宅の移築再生

ところが明治期になるとその規制が無くなって自由に家ができるようになった。

国の方針で殖産興業を奨励したことと相まって人口も急激に増えた。庶民もせっせと働いてそのお金で盛んに理想の家を作ることが出来てきた。それに従って仕事も職人も飛躍的に増え、思い切り腕を振るうことが出来た。いい民家が沢山出現したのはそういう背景があった。

当初はプランは憧れの武家屋敷の真似のワンパターンで個性など無かった。時代が下るとプランも生活の多様化に従って様々なものが出現した。変化の一つに明治期のそれは伝統和風で古いがしっかり出来ているが、大正期には洋風や洋材が取り込まれお洒落になるが構造にやや難があるという違いが見られる。共に基礎工事が貧弱であるが耐震強度がないというのではない。

と言うのは大工職人は元より基礎は当てにしていなくて、土台から上の建物だけを『伝統構法』で丈夫に造っているのである。当然移築も考えて。

明治中期の民家の再生

現在は耐震設計というお題目の基礎工事や金物や合板に頼る『在来構造』という木構造で一見頑丈に造られている様だが、上物のしなやかさという本来の丈夫さとはかけ離れてしまっている。恐らくそれも30年で建て替えられてしまうだろう。中には高額な長期優良住宅という優遇制度もあるが果たしてそうか・・。

昨今の経済や生活スタイルの激変は、残っている古民家にお洒落で希少だと言うだけの価値しか与えられていない。この国の本来の住まいのあり方としての古民家の継承は選択肢にない。建築を通して時代の進歩を信じる者として『令和の民家』は造れないものかと日々挑戦しているが・・。

本気になって古民家を再考してもらいたいものだ。

川上

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松岡フラスコ
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