まち繕い
建築設計の延長で『まちづくり活動』のようなことをやっている。多くの仲間も仕事を通して多かれ少なかれやっている。このことは決して我々だけのことでなく誰もがそれぞれ意識せずともやっていて、特別なことではないし、我々が先頭に立って引っ張っていくものでもない。
建築は確かに長くその場所に留まって直接目に入ってくるので、まちや田舎の景観としても大きく影響する要素であることは確かだ。
思えば都市の景観は50年前とは劇的に変わっている。時代が進歩と見るなら変化することはいいこととは思うが、その変わり方が問題で以前より悪くなったケースが多い。
昨今は景観や建物の維持保存が喧しく話題に載ることが多くなった。仕事も少なくなって工費も高騰を続ける中で、今まで何気なかったかつての姿や形がそこはかとなく心に残り、勿体無いやそのままの方が良かったのではとの想いが増えている様に見える。
確かに明治以降の近代化は先人達の努力のおかげで建築も進歩発展してきたと言っても過言ではない。あの大戦前夜までは。善し悪しはあっても活気があって前向きで魅力的だったと強く思う。懐かしさでは括りきれない。
しかるに現代の建物は一言で言えば『軽くて・明るくて・カッコいい』だけである。だから壊されても気にしない。
新しくするなら以前よりいいものを造るならまだしも果たしてそうなっているのか・・。

『松本レトロ建築さんぽ』に掲載されている松本聖十字教会(左)と旧松岡医院(右)
歴史あるまちは記憶装置であるという。今は記憶喪失の風景が拡大している。
改めて歴史あるまちなら新しいものを創りながらも、それと同等に古いものは壊さず『まち繕い』をしてまさに二刀流で未来に受け渡す役目があると思う。
川上
