山里の土蔵再生
松本を流れる女鳥羽川の上流、北東の山裾には小さな集落が残っている。
かつて、村人はそこで山仕事と養蚕を生業として生計を立てていたが、今は街で働き里山を住まいとした兼業農家が多い。
曲がりくねった細い山道に沿って数件の家屋敷があり、それぞれ母屋を中心に土蔵や納屋の付属屋が建っている。いずれも古い民家であり、里山の佇まいとして馴染み深い景観であるが、経年変化による傷みも目に付く。
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去年、そのうちの一軒から傷んだ土蔵を直したいとの相談があった。
持ち主はこの地で生まれて高校まで過ごしたのち、関西に拠点を移して定年まで働いた。定年後の現在も、向こうで少し仕事をしながら、時折ご夫婦で帰ってきて実家周辺の手入れをしている。
斜面に積まれた石垣の上に建つ土蔵は、築100年は経っていた。
詳しく調べると土蔵は約10センチ傾いていて、屋根瓦も古くなり、なまこ壁や扉の傷みも目についた。ご先祖から受け継いだ財産をきちんと直したいということで、本格的な再生の設計が昨秋にスタートした。
まずお施主さんに土蔵の中の宝をきれいに運び出してもらい、それから工事にかかった。
土蔵を一旦持ち上げて基礎をコンクリートで固め、傾きを直しながら新しい基礎の上におろす。
続いて床板を張り直し、屋根瓦も新しいものに葺き替える。
ひと冬こえて、今は壁の下地の仕事の最中である。下地が終わると、最後の仕上げでなまこ壁としっくい壁を塗り直す。
時間とお金と技がかかる。ここまで本格的に手を入れるケースは稀だ。
完成まであと2カ月はかかるが、なかなかいい感じになって来た。
今回、現場を訪ねると、近くで草刈り作業をしている人がいた。
たまたま関西から帰省中のご主人だった。
しばし手を休めてもらい、工事の状況を説明した。
安心してもらえたようだ。
梅雨の晴れ間となった初夏の山里は、これでもかと草木の緑で溢れていた。
川上