かわかみ建築設計室

住み継ぐ家の物語

新刊/住み継ぐ家の物語Ⅱ

長く、住み継ぐ家をつくるために!

2009年発刊の『住み継ぐ家の物語』の続編、『住み継ぐ家の物語Ⅱ』が好評発売中です!!

敷地の歴史的な背景、まわりの環境、家族構成、生活スタイル、理想の暮らし方…
家に求める条件は、皆さまそれぞれ唯一無二のものです。そして私たち建築設計者の役割といえば、一般論で申し上げればそれらの条件を整理して、オリジナルの魅力と可能性を最大限に引き出し、美しさと心地よさ、機能や利便性、経済性や安全性を追求することと言えるでしょうか。

長野県大町市の土蔵を再生した新築住宅

一方、建物は他の工業製品と異なり、固有の敷地に根付くものです。「モノ」としての性質だけでなく、同じ場所で何十年と時間を重ね、歴史を築く「場」という性格も持っています。しかも、5年、10年で取り替えるものではなく、何十年、あるいは百年という単位で。

だからこそ私たちには、設計のプロとしてだけでなく、信州に根ざす生活者のひとりとしても、建築やまち並み、歴史や環境と向き合う姿勢が求められているものだと思っています。それらがやがて地域性をつくり出し、文化や風土につながるものと信じています。

本書では多くのお施主様にご協力をたまわり、実際の設計事例やプロセスを通して、私たちの考え方をご紹介しております。

さらに川上のボヤキ、ブログのアーカイブも多数掲載!!

県内各書店やネットショップ等で販売中です。
また当事務所でもご覧いただけます。お気軽にお問い合わせください。

 

はじめに

建築設計を職業として四十一年。おかげさまで手がけた建築はいつの間にか400物件を超えた。そして現在も相談をいただき、仕事を続けることができている。お施主さん、工務店、大工をはじめ職人の皆さん……。たくさんの出会いと共にたくさんのことを学ばせて頂いた。好きなことをやりながら家計も支えることができ、子育ても終えた。本当にありがたいことである。

20代のはじめ、曲がりなりにも学業を終えて社会人となった。大学で建築学を学んだのだから建築のイロハは身についているものだと思い込んでいた。そしてこれからは建築の実務を通して社会に恩返しをするのだと。誰でも通る道であろう。ところが社会に出てから、実は建築の本質など全く理解していないと自覚させられることになる。これではいけないと、ここに至って初めて本当に学ぶことの目的ができた。造り方、材料、技、形の美しさ、新しさ……。自分が無知であることに愕然としながらも、この時点から建築はどうあるべきかという根本的な問題に自問自答する日々が続いた。やがて同じことを毎日、毎日続けて分かってきたことは、建築設計の大切さと面白さ、仕事への責任である。大げさに言えば修行の道である。今は、この道を通して辿り着く仕事の本質とは、幸せの時空を創造することであり、その向こうに景観や生活の豊かさがあり、共に生き甲斐を感じるのだという思いに至っている。でもまだ、それが真の正解かどうかは分からない。

ところで、この間に社会は大きく変わった。高度経済成長の軽薄短小のモノの時代から、情報とサービスの時代にシフトするとは予想がついたが、これほど短期間で激変するとは想像を超えていた。デジタル技術によって情報は爆発的に増加し、多様な価値観や生活様式が受容され、経済はより複雑化している。しかし何が真実で正解なのか、本当に幸福に向かって進んでいるのか、誰にも理解できないでいる。それを批判しても始まらないし、問い直して正しい道を探し当てることは自分の能力を超える。

ではどうしたらよいのか。建築に限って将来を考えるだけでも膨大な時間と能力が必要だから、過去に遡ってみる。時代の流れを追えば、限られた資源と情報の中でゆっくりと同じことを繰り返しながら変わってきたことが分かる。循環と進歩の流れである。受け継がれてきた形や技、言葉や習慣、山や川など何気ない景色……。当たり前すぎて忘れがちだが、すべてが宝である。ベストではないにしろオンリーワンのものである。それらを発見し守ることで、間違いのない、この地域にしかないものを志向した新しい時代ができるのだと信じている。

今は設計職人として、地域のオンリーワンを次の時代へ繋ぐことが使命であると思っている。折り返し地点をはるかに過ぎた。残った人生、正しいと信じてやってきた仕事を続けるしかない。独り言にしかならないが、とにかくここに載せた拙文やら仕事に目を通してもらって、少しでも建築のあり方を考えて頂く機会になれば幸いである。

平成二十八年十一月
川上恵一

 

目次

特集1縄文のふるさと「平出」

長野県塩尻市の本棟造りの古民家が建つ平出

◎建築事例 平出を代表する江戸時代からの本棟民家【塩原民家】長野県塩尻市の本棟造りの古民家再生

第1章風の人 土の人

建築は風土である

◎建築事例 30年前に手がけた民家を再び【伊藤邸】山梨県北杜市白州町山梨県白州町の古民家の再生

建築家のひとりごとⅠ…芸術と民芸、美しさときれいの違いについて

◎建築事例 故郷へのUターンを励ましてくれた民家再生【そば処 唐松】長野県東筑摩郡山形村長野県東筑摩郡山形村のそば処唐松の古民家再生

◎建築事例 松本らしい家を求めてたどりついた建築家【午後の喫茶 くるみ】長野県松本市長野県松本市の午後の喫茶くるみの外観

長野県松本市の午後の喫茶くるみのインテリア

◎建築事例 古い蔵に新たな家族の物語が重なっていく【羽賀邸】長野県安曇野市長野県安曇野市の土蔵を使った新築住宅

長野県安曇野市の土蔵を使った新築住宅のインテリア

 

建築家のひとりごとⅡ…民家は「用」と「美」
コラム 丑鼻と鏝絵

第2章よみがえる家

建築は時間までもデザインする

◎建築事例 築150年の古民家を地元のランドマークに【大雪渓酒造】長野県北安曇郡池田町
長野県北安曇郡池田町の大雪渓酒造の外観

長野県北安曇郡池田町の大雪渓酒造の座敷

 

特集2「再生」という仕事

◎民家再生のプロセス……測量〜解体〜古材の搬出/曳き家/再生では建築家は編曲者/吉原民家/米山民家/左官/再生事例長野県塩尻市の古民家再生
◎建築事例 蔵を再生利用した懐かしく新しい家【志賀邸】長野県大町市
長野県大町市の土蔵を再生した新築住宅

◎建築事例 繭蔵を安曇野から津久井湖畔へ【梶原医院】神奈川県相模原市
神奈川県相模原市の繭蔵を再生したデイサービスセンターの外観

神奈川県相模原市の繭蔵を再生したデイサービスセンターのインテリア

建築家のブログより……残った土蔵、残らなかった土蔵/左官仕事あれこれ/お隣りの土蔵にも左官屋さん/諏訪地方の建てぐるみ/父の国・母の国・そして私の国/本棟造り民家再生と平成の本棟造り/土蔵の活きバラシ/家具の運び出し

第3章そして風景になる

内は自分のもの、外はみんなのもの

◎建築事例 若い夫婦が見つけた築百年の安曇野の家【脇本邸】長野県東筑摩郡山形村長野県東筑摩郡山形村の古民家再生の外観

長野県東筑摩郡山形村の古民家再生のインテリア

◎建築事例 緑陰を風がわたる城下町の店舗併用住宅【和菓子屋 藤むら】長野県松本市長野県松本市の和菓子 藤むら の外観

長野県松本市の和菓子 藤むら のインテリア

◎建築事例 高遠の風景に溶け込む自然で心地よい医院【春日医院】長野県伊那市高遠町長野県伊那市高遠町の春日医院の診察室

◎建築事例 老舗旅館をリニューアル。暮らしを楽しむ家へ【青栁邸】長野県千曲市長野県千曲市上山田温泉の住宅の外観

長野県千曲市上山田温泉の住宅のリビング

◎建築家のブログより……民家村構想/信大授業 須坂、棟割長屋の再生/久しぶりの民家/終の棲家/信州の建築家とは/住まいは誰のもの?

第4章和であり洋であり

「この国のかたち」とは

◎建築事例 絵本に出てくるような洋菓子店【アトリエブレ】 長野県松本市長野県松本市のスイーツショップのアトリエブレのインテリア

長野県松本市のスイーツショップのアトリエブレのケーキ

◎建築事例 安全と美しさを兼ね備えた礼拝堂の再生【松本聖十字教会】長野県松本市
長野県松本市の松本聖十字教会の外観

長野県松本市の松本聖十字教会の礼拝堂

 

ドイツ研修の旅

川上恵一が代表をつとめる、かわかみ建築設計室のドイツ研修旅行

おわりに

8年ほど前、「住み継ぐ家の物語」という初めての拙本を出したが、いつの間にか在庫がなくなってしまった。その後も、おかげさまで本業の仕事を続けることができている。私がやらせてもらっている建築の設計とはお施主さんだけでなく、まちにとっても、地域にとっても大切な仕事で、だからこそ家づくりの方向を間違えないでほしいと勝手に強く思う様になった。私がこの世界に入った頃と比べれば、設計事務所の数も増え、商品としての住宅も多様化し、低金利の住宅ローンを組めば若い人でも簡単に家を持てる時代になった。普通の人が普通の家を、普通に建てる。それは心強いことだが、同時に、風土や景観といった地域の文脈にまったく無関係で、無味乾燥な材料を使った無節操な家が好き勝手に建てられてしまう状況を目にするにつれ、このままではいけないと強く思うようになった。

いったい先人たちは何を信じて、どんな生き方をしたのか?その上で我々は何をすべきで、何を残せるのか……?振り返れば、過去、私自身にも今がすべてで過去には意味がないと驕っていた時期も確かにある。今はそれが恥ずかしい。反省を込めてどうしても言いたかったものが本書である。

先人たちの「いい仕事」を堂々と盗んで、確信犯的に真似をする仕事が創造につながると信じて、そのことを言いたかったのである。

むろん拙文は覚悟の上であるが、それでも手直しをしてそれなりの本に仕上げてくれた編集者やカメラマンや仲間に感謝する。そしてちょっと目を通して頂き、少しでも何か残ってくれれば幸いである。

 

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松岡フラスコ
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